そとへでればよい、といわれるかもしれないが、たとえ近所の公園へゆくにも、女はいちいち着がえをしなければならず、きがるにはであるけない。それにむかしとちがって、通りは自動車がふえてきたためにこわいし、また歩道橋みたいなものを渡らなければならないかとおもうと、気がおもい。息子は、家のなかにいるようにと、テレビを買ってくれたが、テレビとでは話ができない、と。そう語るおばあさんは、さびしそうであった。ここで私たちは、反省をしてみなくてはならないだろう。
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としよりにとって、いったい現代文明とはなんであろうか。少なくとも、縁側のないアメリカ式のモダン・リビングは、日本のとしよりにはあまりありがたくないようだ。それは、老人だけではない。主婦にとっても小さい子どもにとっても、たまの休みに家にいる亭主にとっても、庭つづきの縁側は、気持よくおりがたいものだろう。それがない日本の現代のすまいは、たしかに味気ない生活になりつつある。